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第5話・ヘソディムマニュアルの紹介(3)
〜東京農業大学・對馬先生の「ヘソディムの話」
前回に引き続き、今回も具体的なヘソディムマニュアルについて紹介していきます。
三重県のキャベツ根こぶ病マニュアル
三重県のマニュアルの特徴は、「診断」でセルトレイ検定(図参照)が使われていることです。この検定法は、「はじめて圃場を使う場合で発病履歴がわからない時に、大まかに圃場の発病程度を調べる」ために使うとのことです。セルトレイのメリットは、土の量が少なくて済むこと、扱いが容易であることです。さらに三重県の独自の総合評価法を作っている点もこのマニュアルの特徴です。
診断では、A1:前作発病度、A2:セルトレイ検定結果、B1:病原菌密度、B2:土壌pH等を行い、それぞれ項目ごとに点を付けて、それらを総合して発病ポテンシャルのレベルを決めています(図右上参照)。病原菌密度の推定にPCRではなくLAMP法を活用しています。
最後に、対策では防除技術ごとにどのレベルで活用できるかを整理しています(図右下参照)が、「土壌の排水処理」を全レベルで必要としていることもこのマニュアルの特徴です。なお、三重県はすでに「県・JAみえきた」が連携してヘソディムによるキャベツ根こぶ病対策に成功しています。この点については、別途実践例の中で紹介していきたいと思います。
香川県のブロッコリー根こぶ病マニュアル
「香川県では、水田輪作作物としてブロッコリーの栽培面積が拡大しており、 それに伴い、水系や土の移動が要因と考えられる根こぶ病の発生面積の拡大が進んでいます」とのことです。
「診断項目」として、「前作の栽培条件と発生の有無」「菌密度」「DRC診断」「土壌理化学性」がありますが、特徴としては、土壌理化学性の中で「水中沈定容積」(注2)、「Fe_o/Fe_d」(注3)を指標としている点です。そして、「土壌理化学性」の評価は以下のようになっています。
リスク1:発生の可能性が極めて低い圃場。pH7.2以上の場合。
リスク2:発生が非助長的、蔓延しにくいと思われる圃場。pH7未満であって、Fe_o/Fe_d=50%未満の場合。また、水中沈定容積が 12ml/g 未満であり、Ca/K 比=6以上であれば、より確定的に判断する。
リスク3:発生が助長的、蔓延しやすいと思われる圃場。pH7未満であって、Fe_o/Fe_d=50%以上の場合。
(注2)水中沈定容積:水中沈定容積は、土壌の粘土含量,形状,鉱物組成、土壌の置かれている環境の影響などが総合的に評価可能な土壌物理的特性値の一つである。(鬼鞍豊(1972):水中沈定容積. 土壌物理性測定法. 養賢堂. 東京. 385-391.)とのことです。 マニュアル作成者によると、現地の調査結果(香川県内の小麦栽培圃場)では、体積含水率と非常に高い正の相関があった(中西・森、2016)ので、この結果から、数値が高いと土壌水分が高くなり、発病が助長されると考えているとのことです。
(注33)Fe_o/Fe_d:一般的に、水田土壌では、還元・酸化の繰り返しに伴い、還元鉄量の増加がみられ、Fe_o/Fe_d比が高くなる一方、畑転換後は、転換年数の経過により徐々に減少するとのことです。Fe_o/Fe_d比が低いことは、畑地期間が長いことが考えられ、畑地化により、根こぶ病の発生が抑制されたと考えているとのことです。
「評価」では、個々の診断項目ごとの評価を総合して求めています。一例として、リスク1の場合を紹介します。なお、この時点では、発病ポテンシャル(発病しやすさ)の用語の統一が不十分であり、このマニュアルでは同じ意味で「リスク」を用いています。特徴としては、リスク1の中にリスク1‘を加えている点があげられます。
《例》
リスク1:【診断項目1】でリスク1または【診断項目2】でリスク1の圃場。または、【診断項目3】の調査がある場合はリスク1の圃場。また、【診断項目4】でリスク2以下で、非助長的と判断した圃場。
リスク1’:【診断項目1】でリスク1または【診断項目2】でリスク1の圃場で、かつ、【診断項目4】がリスク3で発病が助長的であると懸念される圃場。【診断項目3】の調査がある場合はリスク2の圃場。
「対策」では、リスク1の場合、以下のようになっています。
《例》
リスク1:無防除
リスク1‘:(1)定植前育苗セルトレイ薬剤灌注(2)土壌pHを消石灰で8.0以上に矯正 (3)緑肥(ソルガム)栽培・すき込みによる土壌改善
マニュアル作成、使用に際しての考え方
以上のことから、同じ病害でも、地域と作物によって明らかにマニュアルの内容が異なることがわかります。これには、作成者の経験や収集している情報の多少も関係してくると思います。しかし、そうした問題も含めて、各地域でマニュアルを作成し、それに翌年の情報等を加えてさらに進化させるのがヘソディムの目的です。
繰り返しになりますが、圃場の病害の発生は多数の要因が関与しており、土壌病害管理の考え方を統一的に示すことはできても、現場に最適なマニュアルを統一的に作ることはできません。それぞれの地域で、生産者やヘソディム指導員が「圃場の観察」~「仮説・検証」を基に、作り上げることになります。当然、データが多くなるほどマニュアルの精度も向上することになります。
現在、ヒトの「健康診断」システムは社会に大きく貢献していますが、この健康診断においてもまだ個人に最適な診断、対策を提案できる段階にはなっていないそうです。それは、「各診断項目の基準値」は多くの事例を基に導き出した「平均値」を示しているにすぎないからだそうです(ビッグデータが医療を変える、北風政史著、中外医学社)。つまり、この基準値から個人に最適な対策を提案することはできないわけです。そのため、経験豊富なお医者さんが、診断結果と基準値と問診結果などを基に、対策を提案するということになっており、患者がその提案を受け入れるか決断をする、ということになっていると思います。
医療に比べるとその情報量は比較にならないほど少ないですが、ヘソディムマニュアルもある地域の平均的な情報を提供していることになります。そのため、ヘソディムでも同様に、診断結果と問診結果を基に、生産者・指導員が対策を考えていくというのが現状です。しかし、将来的には、さらに情報を集めることにより、生産者が、自分が所有する圃場ごとに最適な診断・対策マニュアルを作ってもらえたらと思っています。そのため、今から、それに向けて、さまざまな課題(技術開発、人材育成、各種診断・対策・支援事業等)を克服していくことが必要です。その一つとして、ヘソディムマニュアルの考え方(圃場毎に健康して対策する)を理解していただけたらと思っています。農業は「常に変化している自然」を相手にしていますので、マニュアルを改変していくためには、「圃場を観察する力」、「観察情報から課題を見つける力」、そして「仮説を立てて検証する力」を養い、どこまでも経験も加えて科学的に対応していく必要があります。ヘソディムを通して、そうした考え方、科学的方法論に興味を持っていただけたらと思っています。
参考文献(第3~5話)
1.ヘソディムマニュアル、2013年、農業環境技術研究所発行
2.ヘソディムマニュアル、2016年、農業環境技術研究所発行
3.H. Murakami, S. Tsushima, T. Akimoto, K. Murakami, I. Goto & Y. Shishido. Effects of growing leafy daikon (Raphanus sativus) on populations of Plasmodiophora brassicae (clubroot). Plant Pathology Vol. 49: 584-589. 2000.
4.S. Tsushima, H. Murakami, T. Akimoto, M. Katahira, Y. Kuroyanagi and Y. Shishido.
A Practical Estimating Method of the Dose-Response Curve between Inoculum Density of Plasmodiophora brassicae and the Disease Severity for Long-term IPM Strategies. JARQ Vol.44: 383-390. 2010.
5.中西充・森充隆(2016)香川県におけるブロッコリー根こぶ病の発病と土壌理化学性との関係.土肥誌. 87(6). 458-461. 2016.
■執筆者プロフィール
東京農業大学生命科学部分子微生物学科植物共生微生物学研究室
教授 對馬誠也(つしま せいや)
1978年 北海道大学農学部農業生物学科卒業
1980年 北海道大学大学院修士課程 修了
1995年 博士号授与(北海道大学) 「イネもみ枯細菌病の生態と防除に関する研究」
1980年 農林水産省九州農業試験場病害第一研究室
1991年 農林水産省農業環境技術研究所微生物管理科
1995年 農林水産省東北農業試験場総合研究第3チーム
2000年 農林水産省農業環境技術研究所微生物管理科
2001年 独立行政法人農業環境技術研究所農業環境インベントリーセンター微生物分類研究室室長
2007年 独立行政法人農業環境技術研究所生物生態機能研究領域長
2009年 独立行政法人農業環境技術研究所農業環境インベントリーセンター長(2015年退職)
2015年 非営利活動法人活動法人圃場診断システム推進機構理事長
2017年 東京農業大学生命科学部分子微生物学科植物共生微生物学研究室 教授
現在に至る