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第10話・ヘソディムマニュアルの紹介(7) ~東京農業大学・對馬先生の「ヘソディムの話」

第7~9話に引き続き、アブラナ科野菜根こぶ病以外の病害マニュアルとして、富山県のダイズ茎疫病マニュアルを紹介します。

 


 

富山県のダイズ茎疫病マニュアル

 

病原菌はPhytophthora sojaeという卵菌類の仲間です。

『水田転換畑は排水不良となりやすく、停滞水を好む「茎疫病」が大きな問題』になっているとのことです。同時に、『ダイズの収益性を高めるには、コストをかけない防除の組み立てが必要』とのことで、ヘソディムマニュアルが作られました。

 

病原菌の生態が図1にわかりやすく示されています。

 

病原菌は卵胞子の状態で土中に生存しています。それから発芽した「遊走子のう」が多数の「遊走子」を放出し、その「遊走子」は水中を泳いでダイズに感染します。

 

このマニュアルでの防除の考え方は以下のようになっています。

ステップ1:診断表による現状の発病ポテンシャルの推定

ステップ2:改善を加えた後の発病ポテンシャルの推定

ステップ3:発病ポテンシャルに応じた防除メニューの選定と実施

ステップ4:栽培後の対策の評価、次年度へのフィードバック

 

 

【診断】

マニュアルでは、最初に「対策」があり、その後に「診断項目」の詳細な説明がありますが、ここではヘソディムの「診断・評価・対策」に合わせて「診断」から紹介したいと思います。

 

診断項目は、① 過去および地域の発生(茎挿し法による検出)、② 圃場の排水性③ 播種様式④ 土壌pH⑤ 土壌群⑥ 生物性で構成されています。

 


 

過去および地域の発生(茎挿し法による検出)

本マニュアルでは、伝染源量を推定することを重視しています。前作(3年以内)の発病率からリスク値を決定しますが、過去の発生が不明な場合は、茎挿し法で病原菌の検出を行うとのことです。

 

※茎挿し法

圃場の土壌を採取して、これにダイズ苗を挿す方法で、その茎で病原菌の有無を調べる方法。

結果は以下の基準で評価しています。

 

≪過去および地区の発生から設定されるリスク値≫

3 : 過去の発生が中~多(発病株率6%以上)

2 : 過去の発生小(発病株率1~5%)

0 : 発生無し

 

≪茎挿し法による検出の有無から設定されるリスク値≫

3 : 茎挿ししたダイズの発病有り、 1 : 発病無し

 

圃場の排水性

『まとまった降雨(30mm以上)があった後の畦間の停滞水が消失するまでの日数でおおまかな排水性を評価する』となっており、下記の基準で評価しています。停滞水の消失は土壌によっても異なると思いますので、この手法を採用する場合には、地域毎の土壌の性質などに応じて試行錯誤して最適な評価法を見つける必要があると考えます。ここでも、ヘソディムの考え方である「地域、圃場によって診断、対策は異なることがある」ということを常に理解することが必要です。

 

≪圃場の排水性から設定されるリスク値≫

3 : 不良 (畦間の停滞水がほぼ消失するまでの日数 3日以上)

2 : やや不良 ( 〃 2日)

1 : 中 ( 〃 1日) 0 : 良 ( 〃 当日)

 

播種様式

富山県の研究者が事業でも注目したのは播種様式でした。データを収集して解析した結果、以下の基準で評価しています。平床播種が畦立播種より病気が出やすいというものです。

 

≪播種様式から設定されるリスク値≫

3 : 平床播種、0 : 畦立播種

 

土壌pH

pH6.0以上になると発病が少ないことを基にして基準が作られているとのことです。

 

≪土壌pHから設定されるリスク値≫

3 : pH5.0~5.4、 2 : pH5.5~5.9、1 : pH6.0~6.4 、0 : pH6.5以上

 

土壌群

『排水性に密接に関与』していることを強調しています。排水不良なグライ土や灰色低地土で本病の発生が多いことが明らかになっているとして、土壌群を診断項目とし以下の基準で示しています。

 

≪過去および地区の発生から設定されるリスク値≫

3 : グライ土、2 : 灰色低地土、0 : 黒ボク土

 

生物性

客土田において土壌細菌群の多様性指数が高い場合に本病の発生が減少する傾向が認められたことから基準を作っています。なお、微生物多様性指数についてはPCR-DGGE法を用いて調べています。

 

≪微生物相の多様性から設定されるリスク値≫

2 : 乏しい 、1 : 中間、 0 : 豊富

 

※PCR―DGGE法

PCR法で「ターゲットの微生物」に共通のDNA領域を増幅します。(たとえば、土壌細菌に共通のDNA領域、土壌糸状菌に共通のDNA領域などです。)ヘソディムマニュアルでは、細菌の場合は16Sリボゾーム遺伝子の一部のDNA配列を使い、糸状菌の場合は18Sリボゾーム遺伝子の一部のDNA配列を使います。増幅したPCR産物(DNA配列の集合体)は同じ長さの配列ですので、それだけでは微生物の多様性はわかりません。それをDGGEという方法でゲルの中を流すと、DNAの塩基配列が一塩基でも異なるとゲルの中を流れるDNAバンドの速度が異なるため、多数のDNAバンドが出現します。異なる位置に現れたバンドはそれぞれ異なる微生物を表しており、それらバンドの多型から多様性の違いを推定することができます。興味のある方は「 農業環境技術研究所「PCR-DGGEによる土壌細菌・糸状菌相解析法」をご覧ください。

 


 

【評価】

富山県マニュアルの特徴は、これまでの県のマニュアルに比べ診断項目が多いことかもしれません。できるだけ費用をかけずにダイズ茎疫病を診断することの難しさを示しているのではないかと考えています。

評価では表1のように診断結果を基に総合評価しています

【対策】

発病ポテンシャルのレベルに基づき、表2に従い対策を行います。

発病ポテンシャルが0~0.7では対策不要となっており、0.8~1.6、1.7~2.5では畦立播種が推奨されています。

 


 

現在富山県では、ほぼすべてのダイズに種子塗抹剤が使用され、病気の発生自体は問題にならないレベルとなっているとのことでした。

また、この時防除対策に使われた栽培技術(播種震度の影響)については、耕種的な対応として指導されているとのことです(富山県三室氏 私信)。

 

今回はここまで。次回からは2016年に作成されたマニュアルをご紹介していきます。

 


 

■執筆者プロフィール
東京農業大学生命科学部分子微生物学科植物共生微生物学研究室
教授 對馬誠也(つしま せいや)

1978年 北海道大学農学部農業生物学科卒業
1980年 北海道大学大学院修士課程 修了
1995年 博士号授与(北海道大学) 「イネもみ枯細菌病の生態と防除に関する研究」
1980年 農林水産省九州農業試験場病害第一研究室
1991年 農林水産省農業環境技術研究所微生物管理科
1995年 農林水産省東北農業試験場総合研究第3チーム
2000年 農林水産省農業環境技術研究所微生物管理科
2001年 独立行政法人農業環境技術研究所農業環境インベントリーセンター微生物分類研究室室長
2007年 独立行政法人農業環境技術研究所生物生態機能研究領域長
2009年 独立行政法人農業環境技術研究所農業環境インベントリーセンター長(2015年退職)
2015年 非営利活動法人活動法人圃場診断システム推進機構理事長
2017年 東京農業大学生命科学部分子微生物学科植物共生微生物学研究室 教授
現在に至る