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第19話・仮説検証について(2)~東京農業大学・對馬先生の「ヘソディムの話」
「ヘソディムの話」ではこれまで、マニュアルや個別技術(診断、防除技術など個々の技術のこと)のお話をしてきました。第18話から少し話題を変えて、ヘソディムを考える上で大切な「仮説検証」の紹介をすることにしました。今回は仮説の立て方についてご紹介いたします。
2. 仮説の立て方
仮説とは、疑問や不思議に思ったことを、検証できるように、「論理的でわかりやすい文章」にすることです。たとえば、第18話で紹介したの質問1や質問2の場合、以下のような仮説を立てることができます。
質問1の場合:仮説1「圃場の一か所だけ○○病が多発する原因は××だ」
質問2の場合:仮説2「微生物資材Aは○○病の発病を抑制する」
とても簡単だと思いますがいかがでしょうか。
このような文章ですと、誰でも仮説(文章)を理解することができると思います。そのため、この仮説について、誰もが相互に意見交換もできると思います。しかし実際には、生産現場の観察を基に仮説を作ろうとすると、結構大変です。仮説を立てる時の注意点について、書籍および對馬の経験から紹介したいと思います。
【仮説を立てる際の注意】
○ 仮説はわかりやすい文章で書く
仮説は、誰もが理解できることが重要です。読者が理解できない文章、複数の解釈ができるような文章は良くありません。
実際に、仮説を立てようとすると意外に大変なことに気づくと思います。それは、前述の質問1の場合は、たまたま、わたしの講演を聞いたから、生産者は「原因はxxだ」と考えたのですが、実際に生産者が現場で感じたことは一つだけではなかったと思います。その結果、いろいろ感じたことをすべて仮説に入れ、「原因は××、△△、◇◇、・・・だ」という仮説を立てた場合、それを聞いた人は、何をしたいのか良くわからなくなります。
○ 仮説は実際に検証できるものであること
仮説は検証されてはじめて「仮説は正しそうだ」、「仮説は間違っている」と判断されます。したがって、検証できないものは仮説としては不適です。幽霊の存在(証明できない)を仮説にするのはその例になりますが、それだけでなく、前述のように検証したい要因を多数書き込むのも良くありません。「検証」がとても難しくなるからです。
【仮説立案で使う推論法】
仮説に使う推論として、①帰納的(きのうてき)推論と②アブダクションがあります。難しい単語が出てきましたが、これも慣れると問題なく使えると思いますので、ぜひ理解して現場で使っていただけたらと思います。
①帰納的推論
この方法は、多数のデータや経験を基にして、共通のことを整理して仮説を立てる方法です。よく出てくる例として、多数のカラスを観察したらカラスはすべて黒かった。このことから、仮説「カラスは黒い」を立てた、というのがあります。多数のデータから法則等を見つける時に使われます。
②アブアクション(仮説発見)
この方法は、仮説発見ともいわれ、ある現象を見つけたが、それに関するデータが少ない時や観察した事例が少ない時などに、「その現象を説明できるストーリー」を多数考え、その中からもっともらしい仮説を選抜するというものです。帰納的推論が多数のデータから仮説を立てるのに対して、アブダクションは想像たくましく仮説を作るということになると思います。
【帰納的推論とアブダクションの特徴】
帰納的推論の特徴は、データに依存しているということができます。データが多いほどより普遍化(一般化)できる仮説になる可能性が高くなると思います。その反面、短所としては、データに依存している関係で、データを超える仮説は出ない、とも言われます。それに対して、アブダクションは、データに依存せずに新しい仮説を提案できると言われています。
土壌病害でこの点を考えてみると、観察データをもとに仮説を立てる帰納的推論を活用している例としては、「土壌の理化学性」と「○○病の発病度」の関係を調べ、そのデータから「○○病の発生には土壌pHが影響している」と仮説(A)を立てるなどがあると思います。これに対して、少ない情報で推論(アブダクション)している例としては、「圃場の一部が発病した。今までみたことがない。」時に、いろいろ考えて、「○○病の発生は××による」と仮説(B)を立てるなどがあると思います。
こうしてみると、仮説(A)は仮説(B)より「仮説は正しそうだ」という感じがすると思います。一方、仮説(B)から今まで知らなかった発生原因が見つかるかもしれないということも感じると思います。どちらの推論が良いということではなく、状況に応じて、使いこなすことが重要です。
【帰納的推論とアブダクションに共通のこと】
どちらも論理と思考(想像)が必要と言われています(野矢、2014)。ここで論理は、頭の中のもやもやしたものを整理し、わかりやすい文章にする際に必要とのことです。そして、帰納的推論もデータを基にしてはいますが、最終的には思考(想像)を経て仮説を立てることから、両方の推論で想像力必はとても重要になります。
○ 仮説は所詮仮説
仮説は検証されてはじめて「この仮説は使えそうだ」と判断できるとお話しましたが、ここでも注意が必要です。それは「仮説」はどこまで行っても「仮説」であるということです。検証の結果、「この仮説は正しい(そうだ)」という場合は、あくまでも「現時点では」という前提があります。この点も理解しておくことが重要です。それを示している書籍がありましたので、ここで紹介します。有名な哲学者である梅原猛著「少年の夢」の一節です。
「学問というのは何か。それは発見です。じゃ発見とは何か。新しい仮説の提供なんです。(中略)定説なんてないんです。ニュートン力学でも、アインシュタインの相対性理論でも、(中略)所詮仮説にすぎないんです。」
ここでは「学問」と言っていますが、「科学」と言い換えても問題ないと思います。科学的取り組みの面白さと、その考え方を知っていただけたらと思います。
今回はここまで。次回は、仮説をもとに実際に検証する方法についてお伝えします。
■執筆者プロフィール
東京農業大学生命科学部分子微生物学科植物共生微生物学研究室
教授 對馬誠也(つしま せいや)
1978年 北海道大学農学部農業生物学科卒業
1980年 北海道大学大学院修士課程 修了
1995年 博士号授与(北海道大学) 「イネもみ枯細菌病の生態と防除に関する研究」
1980年 農林水産省九州農業試験場病害第一研究室
1991年 農林水産省農業環境技術研究所微生物管理科
1995年 農林水産省東北農業試験場総合研究第3チーム
2000年 農林水産省農業環境技術研究所微生物管理科
2001年 独立行政法人農業環境技術研究所農業環境インベントリーセンター微生物分類研究室室長
2007年 独立行政法人農業環境技術研究所生物生態機能研究領域長
2009年 独立行政法人農業環境技術研究所農業環境インベントリーセンター長(2015年退職)
2015年 非営利活動法人活動法人圃場診断システム推進機構理事長
2017年 東京農業大学生命科学部分子微生物学科植物共生微生物学研究室 教授
現在に至る