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第3話・小麦の眼紋病
〜農学博士・児玉不二雄の植物の病気の話
穂が色づいてきている小麦畑があります。収穫は間近です。でも小麦がすっかり倒れてしまっている畑があります。農家の人は「倒伏(トウフク)」(写真1、2)と呼び、とても心配します。どうしたのでしょうか。これは、「眼紋病(ガンモン・ビョウ)」が発生しているのです。
写真1 小麦が「倒伏」しています。6月30日の写真です
写真2 7月8日の写真です
《 病徴 》
小麦の種は9月に播かれます。翌年の5月中旬〜下旬になると、茎のつけ根に近いところに、紡錘状で眼の形をした典型的な病斑ができます(写真3、4)。この形が「眼」に似ているので眼紋病と名づけられました。6月中旬、穂が出る頃には、病斑は地際の茎の基部全体に拡がり、茎の周囲を取り巻きます。茎の中には病原菌のカビが繁殖しているので、小麦は折れて倒伏するのです。
写真3 「眼」の形をした病斑。英語ではeye spot(アイ・スポット)
写真4 こうして見ると確かにアイシャドウ入りの眼ですね
《 伝染経路と発病条件 》
罹病した茎(罹病茎;リビョウ・ケイ)は土中に残り、作業機械などに付着して病気の出ていない畑に移動し、小麦に感染します。罹病茎の中にいる病原菌は長期間生存し、秋および春期に胞子を大量につくり、急激にまん延します。連作すると病原菌の密度が高まるので、発生が多くなります。春期が低温に推移すると多発しやすく、病原菌は多湿を好むので、排水不良地で発生が多くなります。
《 病原菌のこと 》
病気の原因となる微生物を「病原体」といいます。植物ではカビが病原体の8割を占めます。カビは胞子をつくります。胞子にはさまざまな種類がありますが、いずれも病気の感染・まん延に、大きな役割を果たします。古語で「菌」は、キノコを指しました。カビも他の生き物と同じように立派な名前をもっています。眼紋病菌はPsudocercospor-ellaherpotrichoides(シュードサーコスポレラ・ハーポトリコイデス)。舌をかみそうなのは、ラテン語(古代ローマ語)のせいです。ただし、研究者の間では、世界中どこに行っても通じます。
直径9cmのシャーレの中で純粋培養した眼紋病菌
眼紋病菌の胞子の顕微鏡写真。胞子の長さは1mmの1/15〜1/20
今回のキーワード:罹病茎、胞子、ラテン語
■執筆者プロフィール
児玉不二雄
Fujio Kodama
農学博士・(一社)北海道植物防疫協会常務理事。北海道大学大学院卒業後、道内各地の農業試験場で研究を続け、中央農業試験場病理科長、同病虫部長、北見農業試験場長を歴任。2000〜2014年まで北海道植物防疫協会会長を務める。
45年以上にわたって、北海道の主要農産物における病害虫の生態解明に力を尽くし、防除に役立てている植物病理のスペシャリスト。何よりもフィールドワークを大切にし、夏から秋は精力的に畑を回る。調査研究の原動力は、“飽くなき探究心”。
※本コラムの内容は、2009年よりサングリン太陽園ホームページ 「太陽と水と土 」に連載しているコラムを加筆・修正したものです
※掲載写真:一部、角野晶大氏原図、その他は著者提供、「北海道病害虫防除提要(第6版)」からの借用によるもの