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第19話・なまぐさ黒穂病
〜農学博士・児玉不二雄の植物の病気の話
寒くなってくると「風邪」がはやります。普通の風邪とインフルエンザの区別はとても大切。さらにそのインフルエンザが「新型のウイルス」が病原体だと、ワクチンも新しいものでないと効き目がありません。最近、北海道で問題になっているコムギの病気にそれに似た話があります。黒穂病がそれです。ただしカビの病気です。
《 なまぐさ黒穂病 》
最近北海道で流行している病害です。この病気に侵された穂(罹病穂)の外見は、健全なものとほとんど変わりませんが、罹病穂は遅くまで暗緑色で、稃(フ:米の籾にあたる)のならびが不規則です。稃の内部には茶褐色の粉が充満しています。これは病原菌の厚壁(厚膜)胞子です。魚が腐ったような「なまぐさい」悪臭を放ちます。この臭いの元凶は、「トリメチルアミン」というカビが作り出す物質です。この臭いは非常に強いので、小麦粉に混入すると商品価値が著しく低下します。農家が困惑する最大の理由がこれです。コムギにとって、人間の新型ウイルスにあたる、おそるべき病害なのです。
《 伝染経路・防除 》
コムギを脱穀するとき、厚壁胞子の入った袋が破れて健全な種子の表面に付着します。麦が播かれて土の中で芽を出すと、胞子も直ちに発芽してコムギの芽の成長点に侵入します。ここで感染と発病が起こるのです。また、地表面に落ちた胞子も伝染源になります。
この病気の防除のためには、消毒が欠かせません。また地表面からの感染を防ぐための農薬散布も防除効果があると考えられます。
病原菌はTilletia conntaraversa (ティレティア・コントラヴァーサ)です。今年の10月、道総研・道立農業試験場の研究者によって、日本では初めて特定・報告されました(写真1、2、3、4)。
※余聞:以前は、なまぐさを「腥」と表記しました。血腥い・腥坊主などという言葉が想起されますね。
写真1(左) 初期病徴、写真2(右) 収穫時の病徴
写真3(左) 発病穂とその断面、写真4(右) 厚癖(厚膜)胞子
《 裸黒穂病(ハダカ・クロホビョウ) 》
こちらはさしずめ「普通の風邪」にあたりそうです。コムギの穂に発生し、粒の部分が黒褐色で薄い皮に包まれ、やはり厚膜胞子が充満しています。コムギの開花期頃、病穂から風で飛散した胞子が、花の雌しべに付着して発芽し、菌糸が子房内に侵入しそのままの状態で生存します。これを「花器感染(=カキカンセン)」といいます。このような種子は保菌種子となり、これを播種すると、発芽とともに病原菌も活動を開始し、コムギの生長点の中に入り、感染と発病につながります。なまぐさ黒穂病と異なり地表面の落ちた胞子によって感染することはありません。病原菌はUstilago nuda (ウスティラーゴ・ヌーダ)です。
《 防除法 》
健全種子の生産と使用です。そのため、採種圃ではコムギの開花前に病穂の抜き取りを徹底します。種子消毒の効果は高く、①冷水に7時間予浸した後、54℃の温湯に5分間浸漬する方法(温湯消毒)や、②殺菌剤の粉衣処理や浸漬処理が、優れた防除効果を発揮します。(写真5)
写真5 裸黒穂病:収穫期の発病穂
今回のキーワード:厚膜胞子、花器感染
■執筆者プロフィール
児玉不二雄 Fujio Kodama
農学博士・(一社)北海道植物防疫協会常務理事。北海道大学大学院卒業後、道内各地の農業試験場で研究を続け、中央農業試験場病理科長、同病虫部長、北見農業試験場長を歴任。2000〜2014年まで北海道植物防疫協会会長を務める。
45年以上にわたって、北海道の主要農産物における病害虫の生態解明に力を尽くし、防除に役立てている植物病理のスペシャリスト。何よりもフィールドワークを大切にし、夏から秋は精力的に畑を回る。調査研究の原動力は、“飽くなき探究心”。
※本コラムの内容は、2009年よりサングリン太陽園ホームページ 「太陽と水と土 」に連載しているコラムを加筆・修正したものです
※写真掲載:一部、田中文夫氏