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第26話・ビーツ(テーブルビート)の黒色腐敗病※ 後編
〜農学博士・児玉不二雄の植物の病気の話

前回(第26話・ビーツ〈テーブルビート〉の黒色腐敗病 前編)の続きです。

 

※タイトルの病名については、文末を参照

 


 

《 病原菌を取り出す −分離− 》

この黒変部位から、3mm角ほどのブロックを切り取ります。そこから病気の原因になっていると思われるカビ(糸状菌)を取り出します。これを糸状菌の「分離」といいます。写真4が確保された分離菌です。この分離菌について、培養性質や遺伝子検査など、専門的な(=マニアックな!)実験が行われます。研究者にとっては、エネルギーを使う仕事ですが、結論は「分離菌は、Fusarium proliferatum (フザリウム・プロリフェラータム)でした」の一語です。

 

▲写真4 純粋培養した分離菌の姿(シャーレ培養)。白い綿のようなカビで、赤紫色の色素を出します左:表面右:裏面から観察

 


 

《 分離菌から「病原菌」への変身 》

分離菌を純粋培養して、健全なビーツに付着させ、発病させる能力があるかどうかを確かめる実験を「接種試験」といいます。この試験で、分離菌がビーツに対して、生育抑制・萎凋・立ち枯れなどの症状を起こさせる能力あることが分かりました(写真5、6)。この能力(=資格)を「ビーツに病原性がある」と表現します。能力が認知されて初めて、分離菌は「病原菌に変身」するのです。

▲写真5 分離菌の接種。分離菌の液体(菌液)に苗を浸している。これを移植した結果が写真6

▲写真6 左側は菌液につけていない。右側は発病している

 


 

《 新病害の報告・命名 》

新しく発見された病害は、研究者よって学会で報告されます。ビーツの根の一部が黒く変色する病害は、日本で新しく発見された病害です。今年(2023年)2月、札幌市で開催された「北日本病害虫研究会」で、5名の共同研究の成果として、児玉が口演発表を行いました。新病害は、「テーブルビートの黒色腐敗病(新称)」と提案しました。新称は、発表者による「こういう名前はいかがでしょうか」というアピールだと思ってください。この提案が、日本植物病理学会で審議・承認されると、正式な病名となり、広く通用することとなります。

 


 

今回のキーワード:分離、分離菌、病原性、病原菌

 

■執筆者プロフィール

児玉不二雄 Fujio Kodama

農学博士・(一社)北海道植物防疫協会常務理事。北海道大学大学院卒業後、道内各地の農業試験場で研究を続け、中央農業試験場病理科長、同病虫部長、北見農業試験場長を歴任。2000〜2014年まで北海道植物防疫協会会長を務める。

45年以上にわたって、北海道の主要農産物における病害虫の生態解明に力を尽くし、防除に役立てている植物病理のスペシャリスト。何よりもフィールドワークを大切にし、夏から秋は精力的に畑を回る。調査研究の原動力は、“飽くなき探究心”。

 

※本コラムの内容は、2009年よりサングリン太陽園ホームページ 「太陽と水と土」に連載しているコラムを加筆・修正したものです

※写真:園田高広氏、著者