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第30話・ヘソディムにおける一次予防技術①~東京農業大学・對馬先生の「ヘソディムの話」

これまで、ヘソディムが目指している「予防」について、予防医学を参考に「ヘソディム」「カレンダー防除」の違いを整理してきました。その結果、ヘソディムは「一次予防」カレンダー防除は「二次予防」を中心とした防除法であることを確認しました。

 

それでは、ヘソディムが目指す一次予防を実現するために何が必要なのでしょうか。
従来、植物病理学においても、「予防」技術を整理している例は過去に多数あると思いますが、一次予防と二次予防を区別して整理している例はあまりないのではないかと思います。

 

そこで今回は、特に「ヘソディム」における一次予防技術を、県の方が作成した「ヘソディムマニュアル」(本シリーズでも一部紹介済)に記載されている情報を中心に整理することにしました。その結果、診断技術や対策技術の中にも一次予防技術に該当するものがありましたが、発病前からの予防(一次予防)という性格上、マニュアルの備考や留意点の中に意外に一次予防に関するものが多いことに気づかされました。
コロナ禍での「3密を避ける」、「マスク着用」、「不要不急の外出をさける」、「リモートワーク」など、生活習慣、行動に関わる項目が予防ではとても重要になっていますが、まさに、土壌病害においても同じように、圃場管理、作業工程、生産者の心構え等が重要な技術になることがわかります。
この整理によって、何か新しいことが発見できたらと思っています。

 

Ⅰ.ヘソディムにおける「一次予防技術」とは?

まず、第27話で紹介した、一次予防の定義を確認したいと思います。

 

<考える前提>
ヘソディムでは対象病害を決めた上で対策を行いますので、「未知の病害」を想定して対策を講ずることはありません。この点をまずご理解いただけたらと思います。したがって、今後、一次予防と言った場合、常に特定の病害を対象としていることになります。

 

<一次予防の定義(第27話参照)>
「一次予防とは、いわゆる健康な時期に、栄養・運動・休養など生活習慣の改善、生活環境の改善、健康教育等による健康増進を図り、さらに予防接種による疾病の発生予防と事故防止による傷害の発生防止をすることである。」

 

1.健康な時期に生活習慣の改善、生活環境の改善
「生活習慣の改善」、「生活環境の改善」の部分を健全圃場(未病圃場)の「圃場管理習慣の改善、圃場を取り巻く環境の改善」として考えてみたいと思います。
「圃場管理習慣」では、病気が発生する要因が日頃の圃場管理の中にないかを探し出し、対策を考えたいと思います。しかし、ここでは、個々の病害の例を示すことはできませんので、一般的に言われていることを整理します。

 

一般的には、病気が起こる圃場管理要因として土壌条件、管理方法、気象条件などが考えられます。気象条件は予測できませんので、ここでは省きます。まず土壌条件では、一般的に土壌pH、土壌タイプ、N(窒素)量、C/N比、土壌水分、排水性、土壌微生物性(微生物量、多様性)、圃場の発病しやすさ(発病助長性/抑止性)、などが発病に影響することはヘソディムでも整理されています。影響の程度は病害毎、圃場の条件等により異なり、詳しくはマニュアルを参照していただけたらと思います。
したがって、「改善」点は、圃場毎の発病要因の改善になります。良く出てくる例として土壌pHの改良があります。ヘソディムでも、根こぶ病対策として土壌pHの改良が各地で実施され、根こぶ病が出にくい圃場作りをした事例や、他の技術との組み合わせで根こぶ病を減少させた事例がありました(本シリーズ参照)。
また、何等か土壌攪乱により土壌微生物量が一時的に減少した場合、その時期だけ、土壌の「感染閾値」が下がり、通常の土壌では感染しない少ない病原菌量でも発病する可能性があります(本シリーズ参照)。この場合、微生物量が減少しない土壌管理が必要になると考えます。
こうした情報を病害毎に整理して、病気に罹りにくい土づくり、作業工程の見直し行うことがまさに一次予防技術だと思います。

 

「管理方法」では、農機具、作業員、長靴などによる汚染圃場からの健全(未病)圃場への病原菌の持ち込みが病気の発生に大きく影響します。根こぶ病では小指大の1gの土壌でも十分発病するだけの病原菌量を持ち込むことになります(本シリーズ参照)。

 

次に、「圃場を取り巻く環境の改善」では、周辺圃場の汚染程度、それら圃場からの汚染土壌の移動が発病に影響することが考えられます。風媒、水媒、ヒト(長靴、衣服、手)・農機具等による汚染土壌や病原菌の移動が考えられます。これらに対応する技術も考える必要があります。まさに、コロナ対策におけるマスク、アクリル板、換気、黙食、人流制限、などを土壌病害管理で考える必要があると思います。以下に一次予防技術を整理してみました。

 

1)【病気が出にくい土づくり技術】
最も理想的な一次予防技術は、対象病害の発病に及ぼす土壌理化学性、土壌微生物性を改良して病気が出ない「土づくり」だと思います。実際には、圃場毎、病害毎の土づくりは大変だと思いますが、仮説検証を繰り返しながら実現したいと考えます。

 

2)【土づくりに必要な診断技術】
1)の実態するため、常に発病要因を評価する技術(土壌理化学性・生物性診断技術、発病しやすさ診断技術(DRC診断)、病原菌密度推定技術等)が必要です。

 

3)【輪作・休耕および関連技術】
同じ作物を栽培していると土の中にわずかに生存している病原菌が徐々に増加することが知られています。このため、輪作、休耕などを計画的に行うことは重要です。なお、輪作、休耕期間中でも病原菌によっては、土壌、雑草、作物の残渣で長期間生存、あるいは増殖することが報告されています(軟腐病菌、根こぶ病菌等)。このため、輪作、休耕期間中も、病原菌が生存できない圃場管理が必要です。

 

4)【輪作、休耕に関連する診断技術】
3)を行うために、定期的に土壌の病原菌量を推定する病原菌密度推定技術(簡易な生物検定でもよい)が必要です。

 

5)【病原菌の侵入を防ぐ技術】
一次予防の基本は圃場に病原菌を入れないことです。そのため、栽培管理作業の中で、汚染源から汚染土壌・病原菌の持ち込みを防ぐことが必要です。具体的には、上流地域の汚染圃場からの病原菌移動経路の解明と対策、伝染源(発病株、汚染土壌等)の病原菌検査と除去・消毒、汚染農機具・衣服・長靴・手の洗浄、防風対策・水系管理による汚染土壌の侵入抑制、汚染苗・汚染種子の病原菌検査と除去・消毒等が考えられます。
汚染圃場で作業した後に健全圃場で作業を行うのも問題です。ちなみに、多数の圃場を回る作業では、ヘソディムを支援するHeSoDiM-AIアプリ(商品名ヘソプラス)(第29話参照)による圃場毎の発病ポテンシャルレベルの表示が役立つと考えます。

 

6)【病原菌の侵入を防ぐための病原菌検出技術】
5)で病原菌侵持ち込みがないかを評価するために、土壌、種子、苗、水系、雑草、残渣等の病原菌密度を推定する技術が必要です。

 

7)【初発の発見、迅速対応技術】
病気が出ないのが理想ですが、万が一発病株が見られたら、それをいち早く見つけ、それの株を抜き取り、無毒化する技術が必要です。

 

8)【初発株抜き取り後の病原菌検査技術】
発病株を抜き取っても土壌中に大量の病原菌がいた場合、それが伝染源になりますので、抜き取り後土壌中の病原菌密度推定を行う必要があります。

 

9)【健康診断車による定期健康診断】
ヘソディムでは、最終的には「定期的な圃場の健康診断」が必要と考えています。ヘソディムはヒトの健康診断+土壌病害管理をヒントに提案していますが(本シリーズ参照)、医療とヘソディムにおける健康診断事業の決定的違いは、ヒトは歩いて健康診断車に来るが、圃場は歩いて来ないことです。したがって、ヘソディムでは、健康診断車が圃場に出向いて、圃場毎に土壌を採取し検査します。
同時に、問診(栽培方法、圃場環境、周囲の発生状況など)も行って記録し、後日、検査結果、問診結果を総合的に判断して生産者に結果を通知することになります。なお、健康診断の結果、「疑わしい」結果が見られた場合、ヒトで実施されている「精密検査」を行うことになります。

 

10)【健康診断車で使う各種診断、検査技術】
健康診断車は小さな総合病院ですので、様々な診断、検査技術が必要です。

 

11)【SDGsに沿った一次予防技術】
1)~10)で示した技術の活用において、環境負荷低減、脱炭素社会の実現を目指した技術開発は必須になります。

 

2.健康教育等による健康増進
本シリーズで何度も書いてきましたが、生産者、指導者のヘソディムリテラシーの向上、科学リテラシーの向上がとても重要です。「○○技術を使う必要がある」と指導者が生産者に伝えても、生産者が「良くわからないので使わなかった」と言われればそれまでだからです。技術の意義を理解し、新しいことに挑戦する人材の育成が重要です。

 

1)【勉強会の開催】
勉強会等でヘソディム、一次予防技術についての理解増進を行うことが必要です。地域によっては、技術の提供以上に重要と考えます。

 

2)【生産者・指導員ネットワークの構築】
どんなに圃場観察、仮説検証を実践する生産者でも、常に変動する自然相手に一人で対策を考えるのは容易でないと思います。生産者が孤立しないように、生産者を日頃から支える環境作りが必要と考えます。

 

 

今回はここまで。
次回は、今回紹介した一次予防技術を理解するために「ヘソディムにおける二次予防技術」について紹介しますので、お楽しみに。

 


 

■執筆者プロフィール
東京農業大学生命科学部分子微生物学科植物共生微生物学研究室
教授 對馬誠也(つしま せいや)

1978年 北海道大学農学部農業生物学科卒業
1980年 北海道大学大学院修士課程 修了
1995年 博士号授与(北海道大学) 「イネもみ枯細菌病の生態と防除に関する研究」
1980年 農林水産省九州農業試験場病害第一研究室
1991年 農林水産省農業環境技術研究所微生物管理科
1995年 農林水産省東北農業試験場総合研究第3チーム
2000年 農林水産省農業環境技術研究所微生物管理科
2001年 独立行政法人農業環境技術研究所農業環境インベントリーセンター微生物分類研究室室長
2007年 独立行政法人農業環境技術研究所生物生態機能研究領域長
2009年 独立行政法人農業環境技術研究所農業環境インベントリーセンター長(2015年退職)
2015年 非営利活動法人活動法人圃場診断システム推進機構理事長
2017年 東京農業大学生命科学部分子微生物学科植物共生微生物学研究室 教授(2022年退職)

2022年 NPO法人圃場システム推進機構内にHeSoDiM-AI普及推進協議会を設立(代表)

現在に至る