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第49話・ヘソディムは新パラダイム~圃場診断システム推進機構・對馬理事長の「ヘソディムの話」
はじめに
2012年にヘソディムを提案して以来、新しいことが苦手な日本で新概念を普及させるのは容易ではないと考え、当初から普及戦略を考えてきました。その取り組みとしては、①多くの「ヘソディムマニュアル」を作る(数は力なり)、②「成功事例」を作る(最も説得力あり)、③「ヘソディム指導員」を養成する(生産者を支援する者が必須)こと等があります。③については、NPO法人圃場診断システム推進機構主催のヘソディム講習会等を通じて、A)科学的アプローチ、B)イノベーションリテラシー向上の重要性を強調してきました。たとえばA)に関しては、指導員だけでなく、生産者・利害関係者に対して、「新概念と旧概念の違いを理解する」、「圃場観察を重視し、必要に応じて圃場で仮説検証をできるようにする」、「わからないことは一人で悩まず専門家に訊く」こと等です。
今回、A)科学的アプローチに関連するのですが、科学哲学に出てくる「パラダイム」との関係で、ヘソディムを以下のように整理しました。整理することにした理由は、将来海外で普及を目指す場合に、科学的に概念や定義を整理して議論する国際機関の方々に理解してもらうために効果的であると考えたからです。
1.ヘソディム『健康診断に基づく土壌病害管理』の定義と特徴1,2)
議論するには、ヘソディムの定義や特徴を整理する必要があります。定義を作った理由やヘソディムの特徴については、本シリーズの第2話ですでに紹介していますが、ここでは再度確認したいと思います。
1) ヘソディムの定義
「未病の段階から圃場毎に健康診断を行い、ヘソディム3条件に従って土壌病害を管理する方法(システム)」ということができます。
※注 なお、ヘソディム3条件は以下のとおりです(第2話参照)。
条件1「診断・評価・対策」をセットにしたシステムである
条件2「評価」を「発病ポテンシャル」で3段階(レベル1、2、3)に分ける
条件3「発病ポテンシャル」レベル毎に対策リストを作り、最適なものを使う
2) ヘソディムの特徴
第2話にも書きましたが、生産者・研究者から、「ヘソディムを一言でいうと何ですか」をいう質問を何度も受けました。学会での質問なら、前述の定義を言えばよいのですが、多くの質問者は、有機農業とどこが違うか、農薬を使うのか、収量が上がるのか、などについて興味があるようでしたので、期待する回答は多様だと感じました。実際、ヘソディムの特徴は見方によりさまざまです。見方により多様な解釈ができるのは、科学法則などと違い、ヘソディムのような方法論(システム)に関する概念の特徴だと思います。そこで、ヘソディムの特徴を、既存概念の「二次予防重視のカレンダー防除」との比較で整理しました。なお、予防の考え方については、第26話、第27話で紹介していますので、そちらをご覧いただけたらと思います。
2)-1 ヘソディムの目的
「利用者のニーズに応じて、圃場診断(一次予防重視)を基に土壌病害を克服し、持続的農業の推進に寄与する。」
但し、ニーズは、地球環境の保全、脱温暖化、SDGsへの貢献、など多様です。
2)-2 特徴 『一言でいう場合』
ア)全圃場を健康診断して土壌病害を管理する方法である。(従来は、圃場の健康診断はなかった。)
イ)一次予防重視で圃場毎に土壌病害を管理する方法である。(従来は二次予防重視、地域一斉に防除した。)
ウ)圃場毎に診断・評価・対策を行って土壌病害を管理する方法である。(従来は防除暦を基に地域一斉の管理を行った。)
エ)経営安定化、持続的農業を目指し、生産者のニーズと圃場の健康診断に基づき圃場毎に土壌病害を管理する方法である。(従来は「最悪を想定した防除」のため「無駄な防除」が多かった。さらに、これらの方法では、深刻化する土壌病害を抑制できない例が多かった(結果的に経営が不安定、そのため著者らはヘソディムを提案した)。)
等ということができます。
2.パラダイムの定義の例
パラダイムとは、クーンが1962年に「科学革命の構造」で提案した概念です。クーンによる定義は「一定の期間、研究者の共同体にモデルとなる問題や解法を与える一般に認められた科学的業績」とのことです(科学哲学への招待、野家啓一)。
一般に、科学哲学書に出てくるものとしては、以下のようなものがあります。
例1:旧パラダイム:天動説 ⇔ 新パラダイム:地動説
例2:旧パラダイム:ニュートン力学 ⇔ 新パラダイム:相対性理論
例3:旧パラダイム:自然発生説 ⇔ 新パラダイム:自然発生説否定
また、科学哲学書では私自身は確認していませんが、農業分野においてはIPM(Integrated Pest Management)は新パラダイムと言えると考えます。
例4:旧パラダイム:農薬で害虫の撲滅 ⇔ 新パラダイム:IPM(害虫を経済的に許容する程度に管理)
なお、IPMは定義、戦略が変遷していることは第2話で紹介していますが、最近においても、IPMの中で新パラダイムを目指そうという提案も見られますので、この点からもIPM関係者が、IPMを「パラダイム」という概念で議論しようとしていることは明らかだと思います3,4,5)。
そこで、今回、ヘソディムについても検討して、新パラダイムといえると考えましたので紹介します。具体的には以下のようになると考えます。
例5:旧パラダイム:二次予防重視、地域一斉の防除 ⇔ 新パラダイム:ヘソディム(圃場の健康診断、一次予防重視の土壌病害管理)
この点をさらに整理したいと思います。
3.なぜパラダイムといえるか
クーンによると、「通常科学」の中には、解決が困難な「変則事象」が存在するとのことです。たとえば、ニュートン力学では天王星の軌道の揺らぎ等が該当するようです。そして、そうした変則事象が蓄積されてある臨界に達した時に、科学者の中に既存パラダイムにしたがって続けていってよいかという疑問が生じ、「科学革命」の時期が始まる、とのことです。
そのように考えると、IPMは、IPM以前の「農薬による害虫の撲滅」を目指す概念を実施した結果出てきた様々な問題(撲滅に伴うコスト高、二次ペスト発生等)が蓄積され臨界に達した結果、新パラダイムとして提案されたと考えることができると思います。同様に、ヘソディムにおいては、これまで本シリーズで紹介してきましたが、旧概念(二次予防重視、地域一斉の管理)で生じた諸問題(土壌病害の深刻化、将来農薬の使用が制限される可能性がある、このままではまずい、等)が蓄積された結果、新パラダイムとして提案されたということができるのではないでしょうか。
最後に
第2話で「日本発の総合防除」を紹介する際に、日本では新概念について議論・発展させることが十分行われていないことに触れました。長い間、ヘソディムの普及に関わるなかで、「科学的に新概念を位置づけること」と「社会実装(事業化)すること」は密接な関係があると考えるようになりました。なぜなら、生産現場において、旧概念と新概念の違いや、違いの程度を理解できないと、指導や新体制作りなどで様々な混乱が生じると考えるからです。同時に、提案された概念を批判してさらに新しい概念を提案することもできません。旧概念と新概念の違いや程度を示すものさしとして科学的視点(概念、定義、パラダイム等)は役立つと考えます。パラダイムという単語は一時期ブームになりましたが、単なる「ブーム」や「言葉遊び」ではなく、「普及戦略」の中で考えていくことも大切だと考えます。
【参考文献】
1. Tsushima, S. and S. Yoshida (2012) A new health checkup based soil-borne disease management (HeSoDiM)and its use -Introduction of MAFF project(2011-2013-. TUA-FFTC international seminar on emerging infectious diseases of food crops in Asia. Abstract, 204.
2. Tsushima, S. (2014) Integrated control and integrated pest management in Japan: the need for various strategies in response to agricultural diversity. J Gen Plant Pathol DOI 10.1007/s10327-014-0538-y.
この論文の日本語版:日植病報 80特集号:188–196(2014)
3. Jacobsen, B.J. (1997). Role of plant pathology in integrated pest management. Annu. Rev. Phytopathology 35: 373–391.
4. 對馬誠也(2001).IPM の中における生物防除―現状と展開―.(土屋健一, 對馬誠也編). 1–13,日本植物病理学会バイオコントロール研究会, 東京.
5. Surendra K. Dara (2019). The New Integrated Pest Management Paradigm for the Modern Age. Journal of Integrated Pest Management,10(1): 12; 1–9.
■執筆者プロフィール
特定非営利活動法人 圃場診断システム推進機構
理事長 對馬誠也(つしま せいや)
1978年 北海道大学農学部農業生物学科卒業
1980年 北海道大学大学院修士課程 修了
1995年 博士号授与(北海道大学) 「イネもみ枯細菌病の生態と防除に関する研究」
1980年 農林水産省九州農業試験場病害第一研究室
1991年 農林水産省農業環境技術研究所微生物管理科
1995年 農林水産省東北農業試験場総合研究第3チーム
2000年 農林水産省農業環境技術研究所微生物管理科
2001年 独立行政法人農業環境技術研究所農業環境インベントリーセンター微生物分類研究室室長
2007年 独立行政法人農業環境技術研究所生物生態機能研究領域長
2009年 独立行政法人農業環境技術研究所農業環境インベントリーセンター長(2015年退職)
2015年 非営利活動法人活動法人圃場診断システム推進機構理事長
2017年 東京農業大学生命科学部分子微生物学科植物共生微生物学研究室 教授(2022年退職)
2022年 NPO法人圃場システム推進機構内にHeSoDiM-AI普及推進協議会を設立(代表)
現在に至る