Report.15 斉藤 千億 さん
大凶作を経験し、米作りから畑作へ転向
農業の難しさを乗り越えた先に感じるやりがい
斉藤 千億 (ちおく) さん
およそ40年間、厚沢部町で営農を続ける畑作農家。
16町ほどの耕地面積で、厚沢部町の名産「あっさぶメークイン」の種いもや、雑穀類を奥様とおふたりで育てる。手塩にかけて育てた作物の収穫をなによりの楽しみに、今日も農作業を続ける。
農業が盛んな厚沢部町で家業を継ぎ、自らの力で営農を開始
北海道の南西部に位置する、人口約3600人の「世界一素敵な過疎のまち」厚沢部町。
厚沢部町は、町の総面積の83%が森林地帯。農業や林業を基幹産業とし、馬鈴薯の人気品種であるメークイン発祥の地として知られています。
斉藤千億さんは、厚沢部町当路地区で代々続く農家の3代目。メークインの種いもを5町、小麦を7町、大豆と種小豆を約4町栽培し、奥様との二人三脚で農場を切り盛りしています。お話を伺った9月中旬は、メークインの種いもの収穫を例年よりも早く終え、選別作業に取り掛かっていました。
千億さんが家業を継いだのは18歳の頃。当時、千億さんは農業高校に通っていましたが、卒業と同時に突如として父親が病に倒れてしまったことから、1人で営農を始めることになりました。「いつかは農家を継ごうと思って農業高校にも通っていましたが、しばらくはアルバイトをしながら忙しい時期に農作業を手伝おうと考えていた程度だったので、本当に突然の出来事でした」と当時を振り返ります。
思いがけず後を継ぐことになった千億さん。「昔は水稲だけ作付けしていたのですが、小学生のころから家族と一緒に農作業を手伝うことが多かったので、栽培の流れや感覚は掴めていました。とにかく“水稲だけは失敗しないように“と作業に励む毎日でした」と幼少期から蓄積していた経験と知恵で徐々に農業経営を軌道に乗せていきます。
天候相手の農業 難しさを実感する出来事が起こる
千億さんに転機が訪れたのは、今から28年前の1993年。この年は記録的な冷夏によって全国的に水稲が大凶作でした。「当時水稲を栽培していた私も例外なく寒波の影響を受けました。1反あたり1俵ほどしか収穫できなかったことを鮮明に覚えています。」と千億さんが話すように、米不足から当時の政府がタイ米を緊急輸入したほど、社会全体が混乱していました。この冷害による大凶作を経験し、千億さんは翌年からすぐに畑作への転向を決意。転向後は、ビートや大根、かぼちゃなど、幅広い作物の栽培に挑戦して試行錯誤を繰り返す日々が続きました。畑作に転じてからは、栽培品目が増えたことでそれまでにも増して忙しくなったそうですが、苦労しながらも徐々に自分の営農スタイルを確立。現在は種いもや種小豆などの価格が安定した作物を堅実に栽培しています。1993年の大凶作での苦労が、現在の経営方針につながっているのかもしれません。
「農業はどうしても天候に左右されてしまいます。今年は、夏季の記録的な高温と少雨による干ばつで、収穫できた種いものサイズは例年に比べて小ぶりでした。ここ4〜5年は、毎年経験したことのない天候ばかりが続いていて、特に対応が難しいです」とコントロールすることができない気象条件との闘いは今も続いています。しかしながら、千億さんには農業を続けるための原動力があります。「正直、農業は大きな苦労を伴います。ですが、やはり納得のいく作物が獲れたときには嬉しいですし、なによりやりがいを感じます。思うように収穫できなかったときには、“来年こそは”と自分を奮い立たせることで、ここまで営農を続けてくることができました」
「息子の選ぶ道をサポートしたい」
北海道ハイテクノロジー専門学校へ通うご子息への想い
千億さんの次男・陸さんは、SAc法人会員の北海道ハイテクノロジー専門学校に通う1年生。今年4月に開講したばかりのAIスマートアグリ学科の1期生として、最新の農業技術などを学んでいます。奥様は「親の背中を見ていたからか、保育園の頃から農業や土に興味があったように思います」と話します。
陸さんは現在、授業の一環で作物の栽培にも取り組んでおり、作物の生育に対して千億さんに質問するなど、授業内容が親子のコミュニケーションのきっかけとなることも少なくないそう。そんな陸さんについて千億さんは「息子が農業に興味をもってくれていることは嬉しく思います。ですが、農業はやはり大変なことも多いので息子に継いでほしい気持ちと、違う道を選択してほしい気持ちと正直半分半分ですね」とご自身の経験や苦労を踏まえて話します。息子の陸さんには「農家に限らず、好きなことに取り組んでほしい」と考える千億さん。「厚沢部に戻り農業をしたいということであれば、営農は好きなようにさせたいです。以前は6次化にも興味があると話していましたが、私は親として息子がやりたいことを実現できるようできる限りのサポートをするのみです。専門学校で学んでいるスマート農業技術についても、出来る範囲で取り入れてみるのもいいと思います」とご子息の将来について穏やかな表情で話していました。
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