Report.24 拓植大学北海道短期大学
水稲研究から人を育てる教育者へ。
豊かな人間性を持ち、地域に貢献するリーダーを育てたい。
拓植大学北海道短期大学
学長
田中英彦さん
田中さんは埼玉県入間市の出身。札幌農学校を前身に持つ北海道大学に進学したことで、農業を学ぶ意義に気づきました。以来、40年以上にわたり農業に関わり続けています。
大学で農業の魅力を知り研究者の道へ
深川市郊外にある「拓殖大学北海道短期大学」は、次世代の農業を学ぶ「農学ビジネス学科」と、保育士や幼稚園教諭をめざす「保育学科」によって、地域社会の担い手を育成しています。学長を務める田中英彦さんは「入学したときは農業のことを何も知らなかったり、人付き合いが苦手だった学生が、本学で学ぶことでたくましく成長し、人間性が養われていくのを見るのが喜び」と目を細めます。
田中さんは、北海道立総合研究機構の農業試験場で水稲直播栽培の研究などに携わった後、2017年に同短大の教授に着任しました。自身の経験をもとに持続可能な農業や環境問題、品種改良に関する授業を担当し、2023年からは学長として、魅力ある大学づくりや地域との連携強化に取り組んでいます。
●収穫した落花生の泥を丁寧に洗い流す学生たち。同短大では 17年前から落花生を栽培し、技術や品質の向上に取り組んでいます。
田中さんは、物理学を学びたいと進学した北海道大学で農業の大切さを知り、2年次で農学部を選択。研究者を志し、大学院に進みました。卒業後は農業試験場の研究職をめざしましたが採用試験に受からず、外資系農薬メーカーに就職したそうです。その後、同試験場の特別選考に合格し、最初に配属されたのが上川農業試験場の水稲栽培科でした。
「大学では、将来的に農業人口が減少することを想定し、テンサイの直播栽培の研究をしていました。水稲は専門外でしたが、省力化や効率化の必要性から水稲の直播栽培技術の開発に取り組むことになり、大学での経験を生かすことができました」と田中さんは振り返ります。
最初は失敗の連続でしたが、試行錯誤の末、代かきした水田に播種をした後、2週間ほど水を抜く「落水出芽法」にたどり着きました。これによって出芽や苗立ちが劇的に安定し、北海道における水稲直播栽培は大きく前進していきました。
●学内に建てられたログハウス。「ログハウスプロジェクト」では地域住民との交流の場として活用されています。
「人を育てる」という新たな目標を見出して
田中さんに再び転機が訪れたのは、上川農業試験場の場長になって3年目のことでした。「短大で農業を教えないか、という誘いを受けました。学生の前で話をするなんて自分にできるだろうか、と不安でしたが、思い切って飛び込んでみると、楽しいことばかり。若い人を育てることに大きなやりがいを感じました」
同短大は、北海道唯一の農業系短期大学として、農業を核とした実践教育を展開しています。田中さんは「保育学科の授業にも農作業を取り入れているのが、本学ならではの特徴」と言います。
農学ビジネス学科の卒業生は半数近くが就農しますが、農業関連企業や公務員、サービス業など、幅広い将来選択も可能です。4年制大学への編入実績もあり、拓殖大学や農学系学部のある大学などで学びを深める学生もいます。「『自分も田中先生のような研究をしたい』と、帯広畜産大学に編入した後、北海道立総合研究機構に入職する学生もいるんですよ」と、田中さんはうれしそうに話します。
2022年度からは新しい取り組みとして「日本酒学」を開講し、講義の一部を一般にも公開しました。さらに、2023年9月に学校法人拓殖大学が清酒試験製造免許を取得。学内の実習農場で栽培した酒造好適米の「彗星」「吟風」「きたしずく」と「ななつぼし」を使い、授業の一環として日本酒の製造を行う予定です。
●拓殖大学北海道短期大学のある深川市メムは、肥沃な土壌に恵まれた地域です。「約16万平方メートルもの広大な土地に、水田をはじめ、さまざまな実習農場を備えているのが本学の自慢」と田中さんは言います。
地域社会との連携を深め農業や大学の魅力を伝える
同短大はこれまで順調に学生を増やしてきましたが、コロナ禍以降、道外からの進学者が減少しています。「2024年度から定員を減らすことを決めましたが、実践を重んじる教育理念は変わりません。これまで以上に多方面と連携を図りながら、魅力ある学びを提供していきたい」と、田中さんは意欲を語ります。
その手始めとして、2023年4月には和寒町と農業振興に関する包括連携協定を締結し、農産物の試験栽培や研究などについて協力していくことになりました。これに続いて、7月には食や農業に関連する企業や団体とも協定を結び、外部との連携を強化しています。
近年は農業や同短大への関心を高める活動にも力を入れ、収穫した農産物や苗を学内のログハウスで販売する「ログハウスプロジェクト」、農業用ドローンの実演や小型ドローンの操縦体験、ライセンスの取得推進を行う「ドローンプロジェクト」を開始しました。ほかにも、高校生を対象にした農業セミナーの開催や、学生目線で大学の魅力を発信する学生広報部の創設などによって、より多くの人とつながる取り組みを進めています。
「2年間の学びを通し、地域をけん引するリーダーに育ってほしい」と学生への期待を語る田中さん。人を育てることによって、地域や農業の未来に貢献するという使命に向かい、挑戦を続けていきます。
●学生は水稲や畑作、野菜、花卉などから、興味のある分野について実践的に学びます。仲間と協力して農業に取り組むことで、対応力やコミュニケーション能力なども育まれていきます。
※サングリン太陽園技術情報誌「太陽と水と土」103号「北の農業人」より転載